第 19 王朝第 3 代君主、ラムセス 2 世(紀元前 1305 年~紀元前 1213 年)。 エジプトが最も栄えた時代を 67 年間もの長きにわたり統治し、エジプト史上
〝最強のファラオ〟といわれています。 自らも優れた戦士であり外交能力にも長けていた彼は、歴史上初めて敵国ヒッタイトとの間で和平を協定。 王国に平和と繁栄をもたらしました。
また、アブ・シンベル神殿をはじめとする多くの巨大建築物の建造を指揮しました。 当時としては稀な長身で、92 歳という驚異的な長寿をまっとう。
さらにもうけた子供は 100 人以上!人を超えた〝神〟として崇められた、 エジプトのファラオを代表する 「大王」 です。 本展では、大王ゆかりの品々のほか、当時の情勢を物語る周辺諸国や後世の貴重な展示を通して、ラムセス
2 世の治世と光栄、また後世に与えた影響を目の当たりにしていただけます。 |
紀元前 1280 年頃に父セティ 1 世の死去に伴い、ラムセス 2 世は 20 代半ばで第 19 王朝の第3代ファラオに即位しました。 屈強な戦士であると同時に、平和の使者優れた建設者としての顔も持ち合わせ、自己宣伝にも長けていました。
8 人以上の妻との間に 100 人を超える子どもをもうけ、67 年という長きにわたりエジプトを統治しました。 |
・画像をクリックすると 矢澤 健 (東日本国際大学 エジプト考古学研究所客員教授)、 |
【 ラムセス 2 世の巨像の頭部 】 ピンク花崗岩 新王朝時代、第 19 王朝 エジプト博物館 |
1888 年、メンフィスのプタハ神殿で発見された、ピンク花崗岩でできた巨大な頭部。 プタハとは創造神であり、ラムセス 2 世の治世下で特に重要視された鍛冶や職人の守護神のことだ。
頭には上エジプトの支配者であることを象徴する白冠をかぶり、また偽髭をたくわえており、その凛とした表情と滑らかな曲線は、きわめて威厳のある王としての姿を醸し出していると言えよう。
この像は、古い時代の王家のイメージを、ラムセス 2 世が自分のイメージに合うよう大きさを変えて流用したものだと考えられている。 じっさい、こめかみに向かってわずかに傾斜した目、下向きにカーブした涙管、かぎ鼻、かすかな微笑みなどは、ラムセス
2 世の顔立ちとして特徴的なものだ。 この作品がエジプト国外で展示されるのは本巡回展が初めてである。 |
「ラムセス大王展 ファラオたちの黄金」 プレス内覧会 |
・ ゆりかもめ「市場前」駅徒歩 3 分/ ゆりかもめ「新豊洲」駅徒歩 5 分/ 有楽町線「豊洲」駅 17 分/ 銀座からタクシーで約 10 分/ 東京駅からタクシーで約 15 分/ 羽田空港から高速道路利用で約 15 分/ 東京BRT新橋から約 25 分「豊洲市場前」停留所利用 |
・画像をクリックすると 「ACN ラムセス大王展 戦士ラムセス」 の展示風景の拡大ページに移ります。 |
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ラムセス 2 世の名が刻まれたオベリスクの上部 |
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・左 【 ラムセス 2 世の名が刻まれたオベリスクの上部 】 新王朝時代、第 19 王朝 エジプト博物館/・右下 【 王のスフィンクスおそらくアクエンアテン 】 水晶 新王国時代、第 18 王朝以前 エジプト博物館 © 2025 NEON Group Limited. All rights reserved. |
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赤色花崗岩、先端の金メッキは現代になってから施されたもの *このオベリスクは、ラムセス 2 世が接収したもだと考えられる。 |
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紀元前 1305 年 セティ 1 世と王妃トゥヤの間に生まれる。 |
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ステージへの扉が開くのを待つ間に、ファラオの治世を説明する年表について少しおさらいしよう。 私たちがいま立っているのは、紀元前2千年紀後半のエジプト新王国時代。 そしてラムセス 2 世の生きた時代は、紀元前 13 世紀である。 彼の遺産は、その後の第3中間期(紀元前 1069 年~664 年) と末期王朝時代(紀元前 664 年~ 332 年) にエジプトの王位に就いた後世の王たちに時代を超えて受け継がれ、さまざまな形でその原型となった。 |
・画像をクリックすると 「ACN ラムセス大王展 死してなお不滅」 の展示風景の拡大ページに移ります。 |
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雄羊の頭を記した器を捧げるとしてのラムセス 2 世像 |
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【 雄羊の頭を記した器を捧げるとしてのラムセス 2 世像 】 石灰岩 新王朝時代、第 19 王朝 エジプト博物館 © 2025 NEON Group Limited. All rights reserved. |
・画像をクリックすると 「ACN ラムセス大王展 エジプトの女性の暮らし」 の展示風景の拡大ページに移ります。 |
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【 ラムセス 2 世大神殿のファサード、アブ・シンベル神殿、アスワン 】 新王国時代、第 19 王朝 |
ラムセス 2 世はナイル川に沿って 390 キロメートルも続くヌピア地方に 7 つの神殿を築き権力と存在感を示しました。 なかでも東に面した赤い砂岩の崖に彫り込まれたアブ・シンベルの 2 つの神殿は、見る者を圧倒する迫力に満ちています。
大きいほうの神殿は、 「アムン神に愛されたラムセスの家」 と名付けられ、ラムセス 2 世自信を神として祀り、偉大なエジプトの神々と同等の存在であることを示しています。 小さいほうの神殿は、豊穣の女神ハトホルと、ハトホルの化身である愛妻ネフェルタリに捧げられています。 |
新王国時代の歴代ファラオはテーベの対岸にあたるナイル川西岸に設けられた王家の谷に埋葬されました。 「真実の場所に仕えし者」 と呼ばれる選りすぐりの芸術家や職人らは、近隣のデイル・エル=メディナ村に住居を構えました。
王の墓の建設は即位と同時に始まり、芸術家の作業は王の死去まで続きました。 王の墓の建設者は、壁や天井を精巧な彩色画、星が散りばめられた紺碧の夜空、古代エジプトの
「死者の書」 に記された呪文などで装飾しました。 王は死後、死者の国で神として暮らすために必要な全ての品々とともに埋葬されました。 ラムセス
2 世の父、セティ 1 世の王墓壁画の再現は、ファラオの墓がいかに壮麗であったかを伝えています。 |
毎朝大神殿の朝日浴びて生き生きと輝きます。 朝日が昇る東を向いたラムセス 2 世の巨大な 4 体の像と、その足元に佇む、ネフェルタリ、2 番目の王妃イセトノフレト、二人の王妃の子の像が黄金に染まり、やがて神殿内部が光で満たされます。
小神殿の入り口の左右には、ネフェルタリの像を挟むようにしてラムセス 2 世の像が配されています。 ここではネフェルタリの子どもの像だけが小さく表現されています。
ネフェルタリは、動物の角、太陽円盤、高くそびえる羽根で飾られたハトホル神の王冠をかぶっています。 |
ACN ラムセス大王展 |
出典資料:【ACN ラムセス大王展 ファラオたちの黄金】報道者関係資料、 Press Release、記者発表会・資料他。 |
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